
「あー、絶景かな、絶景かな!」南禅寺の三門といえばやはりこのセリフでしょうか。歌舞伎「楼門五三桐」(さんもん ごさんのきり)で石川五右衛門が三門の上から境内の満開の桜を眺めて大見得を切るシーンでのセリフです。テレビやガイドブックによる南禅寺の紹介の際には必ず出る有名な話ですが、ちょっとここでつまらない話を致しますと、この三門は五右衛門の死後以降に建っているため、この話は残念ながら後世の創作と言うことになります。

先程からこの門について「三門」と書いてきましたが、もちろん「山門」でも間違いではありません。三門とは、仏教において修行の中で会得せねばならない三つの解脱「空、無相、無作(何も無く、何も比べず、何も要求しない)」を表す三解脱門(さんげだつもん)の意味です。それと門の形状として五間三戸の形状で、出入り口として開いている部分が三箇所であるためこの名があるとも言われています。

三門という言い方は主に禅寺にて用いるという向きもありますが、仏教の教えという意味ではすべてのお寺に対して言っても問題ないのかと思います。

門の話が長くなりますが、重要文化財指定のこの三門は日本三大門としても有名です。あとの二つのうち一つは同じく京都東山の知恩院の三門、もう一つは遠く関東 山梨の身延山久遠寺の三門です。以下に比較してみましょう。
- 知恩院三門 ・・・高さ24m (横幅50m !)
- 南禅寺三門・・・ 高さ22m
- 久遠寺三門・・・ 高さ21m
確かに大きいです。さすがに「日本三大門」と言われるだけの事はあります。ちなみに「京都三大門」というのもあって同じく知恩院と南禅寺、そして仁和寺となるそうです。しかし大きさで言ったら京都には他にも大きい門があります。東福寺の門は仁和寺のよりも大きいのに落選なのはなぜなのでしょうか。また日本で最大である東大寺の門(25.5m)は日本三大門に入らないのはなぜなのでしょうか。謎ではあります。
- 東福寺三門 ・・・高さ22m
- 仁和寺三門・・・高さ18.7m

南禅寺へは地下鉄東西線の蹴上駅からが便利です。駅を降りて1番出口から地上に出たら坂道の歩道を少し下り、程なく行った所の右側にレンガ造りの「ねじりまんぽ」と言うトンネルがあるのでここを抜けて行くと近道です。

しかし今回はせっかくなのでインクラインを通って行くルートを選んでみたいと思います。ねじりまんぽを曲がらずにそのまま過ぎて、歩道の右手の並行している擁壁部分が、そちらに移れるくらいの高さになったら行ってみましょう。線路が見えますが電車などが通っているわけではなく立入禁止でもないので大丈夫です。

インクラインは琵琶湖から京都市内に人工的に水を引いて、その水路を水運で利用した際の土地の高低差の大きいこの場所に作られた、台車で船を上げ下ろしする施設です。蹴上駅からはかなりの坂道を下ってきますが、ここの勾配を船で行き来するのは無理があります。ケーブルカーのように上りと下りの2台の台車を交互に行き来させて船を上げ下げする仕組みです。

暫くはこのままここを下って行って南禅寺に向かいたいと思います。インクラインが終わって右折すると湯豆腐料理店が数店出てくるなど、南禅寺らしさが出てきます。更に人がざわついた感じで増えてきて大寺に近づいてきたと言う雰囲気も感じられます。

南禅寺は紅葉の時季は多くの人で賑わいますが、境内が広いのでそれほど混雑感を感じた事はないです。特に紅葉の時季はこの近くの永観堂と共に京都での紅葉の名所としてつとに有名であり、その永観堂から続く哲学の道へ出る一連のコースのスタート地点としても好位置にあります。例えば、南禅寺から永観堂へ行って哲学の道沿いの小さなお店や神社など見ながら安楽寺、法然院を回って銀閣寺へ向かうといった具合です。(具体的な話にはなりますが、紅葉時季の永観堂は非常に混み合い、入場の行列も物凄いので、永観堂は朝一番にするのが得策です。)

南禅寺は禅宗の臨済宗南禅寺派の大本山です。また、京都五山という禅寺の格付けにおいては、第一位の更に上の「別格」と言う位置づけとなっています。ちなみに京都五山を順に記載すると、
- 別格・・・南禅寺
- 第一・・・天龍寺
- 第二・・・相国寺
- 第三・・・建仁寺
- 第四・・・東福寺
- 第五・・・万寿寺

おや?と思われる方も多いかと思います。禅寺でより大寺院の妙心寺や大徳寺が入っていないのです。それは、この格付けはあくまで室町時代の足利将軍家が設定したものであり当時の政治的な背景も絡み合っての事なので、規模や質などといった実質的な要素で決められている訳では無いので、現代ではそれほど意味があるものでは無いと考えて良いかと思います。

特に三代将軍の義満は、自分で創建した相国寺を第一にしていた時期も有ったなどと言う話もあるくらいです。ちなみに金閣寺、銀閣寺は相国寺の塔頭寺院(末寺)です。これに習った鎌倉五山もありますが、ちなみに鎌倉五山は第一から、建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺です。

正式名称は、瑞龍山 太平興国南禅禅寺。鎌倉時代の1291年に亀山法皇の開基、無関普門禅師の開山によって創建され、現在まで730年の長きに渡って禅の教えを伝えてきました。亀山法皇は1259年に第90代の天皇に即位し、その後上皇となり更に1289年に法皇となった人物です。法皇とは出家して仏門に入った天皇もしくは上皇のことです。

ある時亀山法皇の離宮に物の怪が付いたとか怨霊祟りなど不吉なことが続くという事態があり、そこで後に開山となる無関普門禅師にこれらを鎮めるようにとの依頼を行った。これに対して禅師は「禅の修行を行うこの館に怨霊などが住みつけるはずも無し」と、離宮にて修行を行ったところたちどころに平穏が戻ったと言う。これを期に法皇は禅師に帰依し、南禅寺創建となったと言う由緒です。詳しい歴史は南禅寺公式ホームページをご参照頂きたいと思います。

重要文化財指定の三門は、藤堂高虎が大坂の陣の戦いで戦死した家臣の菩提を弔うために南禅寺に寄進したものです。 三門の楼上は仏堂になっており宝冠釈迦如来がお祀りされています。展望のベランダ部分には上がることはできますが、この仏堂には入る事はできません。

三門をくぐると小径が通るその両脇にモミジや大樹の木立が広がり、しばし束の間の安らぎの空間が次の法堂まで続きます。本来禅寺の伽藍配置としては三門の次に仏殿が建ち御本尊の仏像が安置されているはずではありますが、恐らくかつては建っていたであろうかと思いますが現存せず、それと思われる位置に建物の基礎石だけが残っている状況です。御本尊は次の法堂(はっとう)にお祀りされており、法堂が仏殿の役割も持っている状態です。

法堂(はっとう)と言いますと禅寺の中心に位置して、高い天井を持ちその天井には龍の絵が描かれている建物と言うのが通例となっています。妙心寺や建仁寺の法堂は拝観できるので行ってみますと、一たびその中に足を踏み入れると夏であろうとひんやりとして薄暗く、ふと天井を見上げるとギッと睨みつけるように龍がこちらを見ています。こちら南禅寺の法堂は創建当時のものは応仁の乱で焼失しその後に再建されていましたが、明治26年に火災によって再度焼失しています。現在の法堂は明治42年に再建された比較的新しい建築です。

法堂の更に奥に国宝の方丈があります。方丈は僧侶の普段の生活の中心となる建物であり、南禅寺の方丈は大方丈、小方丈の2つの建物からなっています。このうち大方丈は御所から移築された建築であり、狩野派の絵師による襖絵がたくさん残されていたり、庭園には江戸初期に活躍した作庭名手の小堀遠州による枯山水庭園があるなど国宝にふさわしい内容となっています。

南禅寺のもう一つの名物で観光名所にもなっているのが、境内の法堂正面に向かって右奥にある水路閣です。これは琵琶湖から京都市内に引き込んでいる琵琶湖疏水の水路の一部です。建設当初は仏教寺院の境内にこんなレンガ造りのアーチ橋を通すなどということについて、反対意見も多かったようですが今では誰もが知る観光スポットです。現在でも琵琶湖から来た水が流れています。

南禅寺はかつてはもっとたくさんの塔頭寺院がありましたが、明治当初の廃仏毀釈の流れで寺領を没収されて塔頭寺院も少なくなりました。現在、南禅院、金地院、天授庵など素晴らしい庭園を持つ寺院があるので是非そちらも併せてお参りしていただければと思います。