京都観光あれこれ・三条大橋

鴨川にかかる三条大橋は、かつての東海道の終着点として京の入り口でありました。橋の欄干の擬宝珠(ぎぼし)をよく見ると天正18年の日付が入っています。天正18年というと、1590年であり、秀吉による小田原・北条攻めの年です。こう言った歴史の深いものが街なかに普通に存在するのが京都のおもしろさです。

天正18年の日付と豊臣の名が入った欄干の擬宝珠。

三条大橋は秀吉が架替えた時に既に石造りだったそうです。その時の橋脚の石の柱が現在でも一部残っています。鴨川の東岸の遊歩道から見ると石造りと思える柱があります。

ひょっとしたらコンクリートかもしれないので、さらに近づいて材質が見える削れた所をよく見ると間違いなく石でした。

土台はコンクリートで固められていますが、柱は石造りです。

そうすると、秀吉よりも後の江戸時代に描かれた歌川広重の浮世絵シリーズで有名な東海道五十三次の「三条大橋」ではおかしな矛盾が生じます。絵では「木造」の橋として描かれているのです。

更におかしな事に、絵では鴨川のほとりから三条大橋を見つつ、八坂の塔と清水寺(画面中央の右寄り)を見ていますが、その背景に比叡山が描かれています。実際にはありえない構図です。比叡山はもっとずっと北にあります。これらの事から、実は広重は京都に行ったことが無かったのではと言われています。

広重の三条大橋

趣のある印象を与えるデザインが三条大橋の特徴でもあります。ひとつ下流にある四条大橋はデッカイ橋脚がドンとふたつ川に置かれている状態ですが、その辺が印象の違いとなっていると思います。

大きな擬宝珠が欄干の柱に取り付けられていますが、これが古めかしくも、いい感じの雰囲気を出しています。一部には幕末動乱の際に付いたとされる、刀傷が残されています。みんなが触るのでこの部分だけ光っています。

欄干も木造で、かなりの古さです。この金具はいつの時代のものかは不明ですが、いい感じアクセントになっています。

これも理由が不明ですが、この三条大橋のあたりの鴨川は、川の中が石畳になっています。これについてはいずれ解明したいと思います。

三条大橋を東山方面に渡ると、何やら怪しい土下座をした銅像があります。高山彦九郎正文と書かれています。調べてみると、土下座ではなく、御所を遥拝している像だそうです。

三条大橋のそばの鴨川の河原に橋脚とおぼしき石の柱状のものが転がっています。ひょっとして秀吉の時の石の柱かもしれません。しかしそれよりもここに転がっていると言う方に驚いてしまいます。

桜の時期には鴨川沿いにいろいろな種類の桜が咲いて、それまでの底冷えの寒さがきつかった京都に観光の季節が来た事を教えてくれます。

最近になって、三条大橋は欄干の掛け替え工事が始まっています。あの古めかしい欄干が無くなってしまうと風情が台無しに、と言うことにはならないようです。擬宝珠は再使用されて、欄干も木造の風情ある意匠となるようです。

そうこうしている間にすっかり日も暮れて来ました。鴨川を渡って河原町の方に向かうとします。それにしても三条大橋近辺だけでも楽しめる京都。さすがです。

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