京都観光あれこれ 〈嵐電のある風景〜嵐電の乗り方、沿線観光地〉

路面電車区間は道路の真ん中を堂々と走る。

嵐電とは

嵐電は正式には京福電気鉄道という社名ですが、地元民や観光客からは親しみを込めて嵐電(らんでん)と呼ばれています。この嵐という文字は言うまでもなく終点駅の嵐山のことです。このネーミングは絶妙であると思います。言い過ぎかもしれませんが、京都の雅(みやび)でありながら侘び寂び感もある風情が伝わってくるような印象を受けます。この1輌もしくは2輌で走る姿が、1200年の長い歴史を持つ街に妙に似合っているのは確かです。

広隆寺の山門前。

観光地嵐山と市街地四条大宮を結び、途中中間地点の帷子ノ辻(かたびらのつじ)から北野白梅町への支線があります。嵐山本線は上りと下り(西行き、東行き?)にそれぞれ線路がある複線で、北野白梅町支線は単線です。車両は嵐山本線は1輌もしくは2輌、支線は1輌編成で走っています。(時期によって異なります。)

座席は長ーいベンチシートが、前後2枚のドア間を埋めています。市街地側ターミナルである四条大宮駅は烏丸や河原町ほどの繁華街でないのが幸いして、こののどかな運行が可能なのだと思います。嵐電が河原町まで来ていたら、またいろいろと違っていたのだろうと思います。

鎌倉 江ノ電のカラーリングを施した車両

濃い紫色の風流なカラーリングが基本ですが、たまに変わり種のカラーリング車両もいます。八ツ橋メーカーのラッピング車両や、鎌倉の江ノ電カラーを採用した緑色車両もいます。

ごくたまにパトカーのツートンカラー車両なども走っていてちょっと驚きます。車体には大きな宣伝広告が入っているものもありますが、これはこの街にはふさわしくありません。コンビニや多くの小売チェーン店の看板も京都に限っては、大人しめの色合いにしたり小さくしたり工夫をして景観を壊さないようにしている風潮に逆行しています。

扉脇に設置された運賃精算機。降りるときだけカードでピッとすればいい。

嵐電の乗り方

ターミナル駅以外はたいてい無人駅ですので、車内から降りる際にはまず事前にバスのように降車ボタンを押して降りる事を運転士に伝えます。これを押さなかったと言っても停車しないわけではありません。降りる際には運転士が振り向いて降車の対応をする必要があるので、その準備のためと言えます。車両が停止後に、車両前方の運転席後ろの運賃入れもしくはタッチ式電子決済システムのカード(Suica、Icocaなど)で精算します。運賃は全線で均一料金なので、乗車時にタッチは不要です。

西院(さい)駅の車庫。

京都ではでかいカメラをぶら下げて歩いても特に気にならないのがいいですね。どうせ観光客ですので。他の街だとなんとなく市街地や繁華街でカメラをぶら下げて歩くのはちょっと気おくれしてしまいます。そんなわけでいつもこの嵐電にカメラをぶら下げて乗っています。

路面電車区間を走る嵐電、オリジナルの紫色車輌。車体の宣伝広告はいかがなものかと思う。

嵐電の沿線寺院

沿線途中には国宝を有する名刹や世界遺産が、これでもかと控えています。どこで降りようか、そしてどこに行こうか、思慮が巡って仕方がありません。ざっと駅名を見るとどんな名刹があるかは大方わかります。

  • 鹿王院︰足利将軍家ゆかりの鹿王院がある。
  • 車折神社︰読み方が難しく、くるまざきと読む。鎌倉時代、亀山法皇の乗った牛車の車軸が折れたところから付いた名称。
  • 蚕ノ社:「かいこのやしろ」と読む。渡来系氏族の秦氏が養蚕を日本に伝え、この地域で盛んとなったことから付いた名称。木嶋神社(このしまじんじゃ)のことである。
  • 広隆寺:日本書紀にも載っている日本一古い寺院で、聖徳太子が創建した。国宝第一号の仏像も安置。
  • 等持院:歴代足利将軍の像が圧巻の寺。
  • 妙心寺︰最大規模の禅寺。塔頭寺院が多く、広大な境内は時代劇のセットのよう。
  • 仁和寺︰元号を寺名にできるほどの格式ある世界遺産の門跡寺院。
  • 龍安寺:枯山水の石庭が世界的に有名な妙心寺の塔頭寺院。
まるで和歌か俳句のような風流さを感じる注意看板。

嵐電の名物、山ノ内駅

路面電車ではよくある事なのかわかりませんが、山ノ内駅のそのホームの狭さはちょっとスリリングな狭さです。この写真を撮るために降りましたが、降りたあとにどう動けばいいのか一瞬戸惑いました。ホームのすぐ際には車が通っています。今降りた電車も動き出して、からだすれすれに去っていきます。下手にカメラのファインダーを覗いてボーッと立っていたらぶつかりそうです。

どう見ても道路の縁石にしか見えないホーム。

電車が去ったあとに山ノ内駅をよく見てみると、ホームというよりはほとんど縁石です。目立つオレンジ色でキツめに目立たせてありますが、勝手知ったる人しかこれが駅とは思えないと思います。そもそも駅舎などはもちろん、駅名の看板や行き先案内板などのたぐいも一切何もありません。

中央分離帯の縁石? 一応ホームです。

山ノ内はかつてこの一帯が比叡山延暦寺の寺域(山内)であったことから付いた地名であり、山ノ内○○という住所が点在しています。そしてこの道路は、その面影は無いかもしれませんが三条通です。

ホームで電車を待つ乗客。

嵐電の御室駅

北野白梅町支線の御室仁和寺駅は嵐電随一の風情漂う駅です。ホームをよく見ると隅っこには季節の花が植えてあり、春先には桜も咲きます。駅舎は木造の質素で簡素な建物で、雨をしのぐ程度の役割といった感じです。かつての駅名(2007年以前)は「御室駅」であったようで、古めの看板がその名称のまま残っています。改札を出ると道の真っ直ぐ正面に仁和寺の三門がどっしりと構えており、仁和寺参拝のための駅のような、より印象的な演出がなされた感じがします。

京都の街中を走る嵐電

住宅などの建物の狭い隙間をぬって走る嵐電は、ところによっては駅から建物に直接入るような形態になっているところもあり、どうやって出入りするんだろうかと想像を膨らませてしまいます。

駅ナカの走り?出入り口が直接駅のホームに。

鎌倉の江ノ電もそうですが、嵐電も部分的に道路を走行します。車の運転手も慣れていないと怖いかもしれませんが、地元の人は何事も無いようにいたってスムーズです。

古都を走る電車だけあって、駅名の読み方も独特なものが多いです。

「帷子ノ辻」・・・かたびらのつじ。帷子とは、絹でできた着物の事です。かつての渡来系氏族の秦氏が養蚕技術をもたらしたおかげでこの一帯では絹生産が盛んでした。

西院」・・・さい。特に読みづらい漢字ではないですが、読み方が変わっていて、さいと読みます。平安時代の頃などは人の遺体は風葬が普通であり、このあたりも洛中でいくつかある葬送の地であったようで、三途の川のほとりである賽の河原に見立てられていたため、さいと読まれるようになったようです。同じ場所にある阪急線の駅では「さいいん」と普通に読みます。

調べるといろいろ面白い嵐電です。ただの移動手段と思わず、せっかく京都に行ったのですからいろいろ楽しんでみたいものです。 ・・・続く

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