京都散歩 〜鹿王院

創建当初の建立になる三門。600年の歳月も風雨に耐えてきた。

◆鹿王院とは

室町3代将軍足利義満が24歳の時に長寿を願って建立した寺院です。24歳で随分切実な願いをしたのも、この人病気がちであったためだと言われています。

◆鹿王院へ

三門を入って受付を済ますと一直線に整えられた石畳が、細長く仕切られた参道の中心に伸びており、両サイドの苔むした地面は微妙な間隔で植えられた樹木や所々のモミジと共に印象的なシーンを生んでいます。

◆客殿

火災に遭ったため再建されたものです。

◆舎利殿

中には涅槃図がかかり、釈迦の歯を祀る仏牙舎利が安置されている。

◆本堂

御本尊は釈迦如来の坐像で運慶作と言われています。また同じく運慶作とされる十大弟子の像も安置。

長い歴史の中で何らかの理由が有っての事か、それともただの敷地の都合か、一直線に来ていた参道は途中でカクっと曲がっています。

そして次の門の少し手前には狭いながらも堀が巡らされています。敵が攻めてきた場合、飛び越えることも出来そうなものであるため、防御のためではなさそうです。優雅さの演出だったのでしょうか。

幅が狭めの堀が巡らされている。

あの一休さんもこのお寺で学んだということです。いにしえの日には一休さんもこの門をくぐって修行されたのでしょう。ところで一休さんは実在した僧侶ですが、意外にも皇族の一員であり、そしてかなり独特な考えを持ち破天荒な行動を取る人であったそうです。テレビアニメの印象とは間逆なイメージです。いろいろな逸話が残っているので調べてみると面白そうです。

駅名になっていると言う割にはさほど有名寺院ではないため、観光客も少なくゆっくりと静かにこの佇まいを感じ取ることができます。

中門の先の庫裏玄関からお堂内に上がらせて頂きます。ここからお堂内を巡るという事はなく、庫裏からはすぐ隣の客殿の縁側に出ます。

縁側に出ると、遥か嵐山を背景にして舎利殿が建っています。庭全体はきれいに手入れされていて、さすが日頃から厳しい修行をしている禅寺だと感心します。ところが苔が枯れた部分は土が見えたままになって、景色的には多少淋しげな状態です。しかし庭の景色とて自然のなすがままとし、へたに飾らないという気概が感じられてきます。他に多くある京都の観光寺院とは何か違う雰囲気を持つ寺です。

客殿から庭越しに見る舎利殿。苔が枯れて地面がむき出しとなっていても、それこそが自然であると言われた気がする。
足利義満直筆の扁額。割と丁寧な字を書く人だったんですね。室町幕府最盛期の将軍で金閣寺に代表される北山文化を作り上げた文化人。
いかにも松、と言った枝っぷりのアカマツ。文字通り幹が赤っぽい色をしている。チクチクの葉は他の松よりか柔らかめで痛くないため雌松とも呼ばれている。
各お堂は屋根付きの回廊で結ばれていて、ここ本堂には運慶作の釈迦如来像が安置されています。本瓦敷の床の緊張感と相まって薄暗いお堂の仏像が神秘的です。ぜひ訪れてみて感じてください。
回廊の床は本瓦敷きの涼し気な佇まい。瓦を床に敷くというのも面白いと思いました。この回廊には壁が無いため屋根同様に風雨にさらされるために丁度いい素材ではあります。
訪れたこの日は大雨となり、晴れた日とはまた違った表情を見ることとなりました。
本庭の中心となる舎利殿。金閣寺を創建したのも足利義満であり、どことなく金閣に似ている気がする。
帰りには雨がやんでいました。しっとりした青もみじの緑が鮮やかさを増して、差し込む薄日を反射させています。
紅葉のモミジもいいですが、青モミジのほうが被写体としては好きです。この瞬間、京都に来て良かった、とホッとつぶやきました。

ここ鹿王院の見どころは舎利殿の内部に収められた多宝塔です。通常は外に建っている多宝塔ですが、屋内設置なので小型ですが見ごたえは大きいです。この多宝塔にはお釈迦様の遺骨の中の歯が祀られているとのことで、歴代の多くの天皇も礼拝に訪れているようです。もちろん写真撮影はできませんので、是非訪 れて実際に見て頂きたいと思います。

嵐電 鹿王院駅下車南側に歩いて7,8分です。

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