西国三十三所 第二十六番 一乗寺

西国三十三所観世音菩薩巡礼 第二十六番札所は法華山 一乗寺です。アクセス難易度は★★★(星三つ)です。姫路駅から神姫バス71系統、社(やしろ)行きもしくは社町駅行きに乗車し、40分ほどで「法華山一乗寺」バス停に到着します。バスは平日休日ともに1日5本ほどの本数ですのでご注意ください。

二十七番札所の圓教寺と組み合わせて一日で廻る事も可能ですので姫路駅を拠点としバスの時刻表と参拝時間、移動時間を想定して計画すると効率的です。バス停でバスを降りるとお寺はすぐそこです。もみじの木がそこここに植生しており、紅葉の時期にはこの辺りの気候のおかげか燃えるような真紅の色付きを見せてくれます。

それでは一乗寺の境内に入ってみますが、何か物足りないというかしっくりこないという感じがあります。そう、このお寺には三門がありません。バスでここまで来る途中にかつての寺域の入口という意味での小さい門(惣門、そうもん)が残っているのが見えます。巡礼道を歩いてくると最初の門がこの惣門であり、寺の入口には変わりありませんが、これを三門と言うには少し違うと考えられます。現在の境内の入り口にはぐっと張り出した樹木の枝のゲートが、門の替わりに邪の侵入を見張っているかのようです。現在この場所に三門が建っていた時期があったのかどうか、礎石などの名残をチェックして来なかったのでなんとも言えませんが。

三門の無い一乗寺境内入口近辺。

拝観受付で拝観料を払ってすぐに長い石段が壁のように行く手を塞ぎます。諸堂はこの山に沿って点在しているため階段を登りつつお参りしていくことになります。登りはじめて最初の石垣が見えて来たらそこには常行堂があります。念仏を唱えながら本尊の周りを廻る修行を行う場であります。非常に質素な造りで、装飾や彩色、彫刻などのあしらいが一切無く厳しい修行の様子が想像されます。

常行堂。質素ながら二層の屋根を持ち中央部須弥壇が安置される部分は高さが取られている。
常行堂から更に上の三重の塔と本堂を臨む。

更に石段を登ると次の平地にはこのお寺屈指の古堂である三重の塔があります。平安時代末期の建立となる国宝の塔です。最下層では非常に大きく屋根の広がりを取り、上の層ほど屋根を小さく造り遠近法を強調する手法でより迫りくる印象を見る者に与えています。

国宝の三重の塔。平安時代末期の建立と日本屈指の古塔です。
逆光でのシルエットが美しい三重の塔。

ここから更に石段を登るとようやく本堂が見えてきます。斜面を登るごとにお堂が現れる、まさに山寺であると言った感じです。本堂は下から見ると懸け造りのような斜面ぎりぎりに建つお堂で、縁側沿いに半周歩いて斜面側から入ります。途中、三重の塔を屋根の上部から見ることができます。このようなアングルで塔を見ることができるのはあまり無い機会です。

江戸初期の寛永五年の再建となる本堂。

本堂外陣の天井には花びらのような木片が多数打ち付けられているのがすぐに目に入ります。これは江戸時代の巡礼者がお参りの際に納めた「納め札」です。交通機関など無い時代にこれほどまでの巡礼者が参拝に訪れていたと言う事に信仰の深さを感じます。巡礼で寺を巡る事を打つと表現することがありますが、この札を打ちつけるところから来ています。

江戸時代の巡礼者の納め札が天井にびっしりと打ち付けられている。

こちらの開山は第二十五番札所の播州清水寺と同じく法道仙人です。この法道仙人は数多くの伝承をこの地に残しており、インドより雲に乗ってこの地に飛んできたとか、お布施を受ける際は空の鉄鉢を投げてお供物の入った鉢を飛ばせて呼び戻すとか、この地域に百寺を超える寺を創建したとか、数に暇がない程です。

本堂外陣天井の梁材には何やらの文字が見えます。

本堂内陣に居られるのは御本尊の聖観世音菩薩です。脇侍の不動明王、毘沙門天と共に秘仏であり閉じられたお厨子に安置されています。中央のお厨子の前には御本尊御前立の聖観世音菩薩立像が居られますが、こちらとは別に宝物館にて拝観することができる以前の御前立像が御本尊を模していると言われています。開山と同時期の白鳳期の作で飛鳥寺や法隆寺の仏様に共通するような時代感を受けます。

一乗寺の建つ法華山は「八葉の蓮華」のように峰が八つに別れていて、開山の法道仙人がここが蓮華の花の中心であるとしてこの地を選んだということです。地図が無い時代にこの事を見抜いてこの地を定めるなどやはり仙人にしか出来ない事であると思えてきます。

参拝後には塔頭寺院の歓喜院門前の雰囲気をお楽しみください。門は閉まっていますが風情ある雰囲気です。

コメントを残す