西国三十三所観世音菩薩巡礼第二十番札所は西山 善峯寺(にしやま ・よしみねでら)です。アクセス難易度は★★★(星みっつ)です。阪急京都線の東向日(ひがしむこう)駅から阪急バスの66系統善峯寺行きに乗車します。バスは1時間に1本と、本数が限られているので時刻表を確認の上お出かけ頂きたいと思います。更に1月6日から2月末までは善峯寺まで行くバスが無くなるので要注意です。ひとつ手前の小塩バス停までしか行きません。路線図をご確認ください。



善峯寺はかなり奥まったところにある山寺と言った印象です。本数は少ないながらも境内下までバスで行けるのでお参りするのにさほど苦労無く行くことができます。 バスを降りてからはかなり多めの階段や坂道を登り三門に着きます。この三門は江戸中期1716年に再建された建築です。楼門形式であり、門の上部に文殊菩薩像を安置する部屋を持っています。金剛力士像は源頼朝寄進による運慶作の像だと言うことです。

楼門をくぐり一直線上の石段を登ると正面に観音堂があります。江戸中期1692年に徳川5代将軍綱吉の母である桂昌院(けいしょういん)による寄進で再建された善峯寺の本堂です。桂昌院の名前はよく見聞きするかと思いますが、ちょっと調べようとしたところBS TBSの番組「THE歴史列伝」のホームページが簡潔で明瞭でしたので、ご一読頂くと面白いです。亭主の綱吉といえば「生類憐れみの令」の悪い評判で知られますが、人となりを追って見てみるとまた違った印象となります。面白いです。現在常識とされている歴史であっても後世に、相当脚色されているだろうと改めて思いました。


善峯寺は平安時代中期の1029年に比叡山で修行していた源算上人によって創建され、当時の後一条天皇より「良峯寺」の名を頂き、更にその後後鳥羽天皇より、諸善奉行の教を流布せんとするためとの意で「善峯寺」との勅額を頂き、現在に至っています。お寺の歴史の中で、峯の字も「峰」を使っていたこともあったようですが、現在は峯に統一しているとの事です。

善峯寺のご本尊は千手観世音菩薩像です。しかしながら、現在のご本尊は源算上人が善峯寺を開山する時に御自身で刻んだ千手観世音菩薩像ではないようです。後に後朱雀天皇の命で別のお寺さんの千手観世音菩薩像が当寺のご本尊となったとのことです。内陣の中央のお厨子に安置されており秘仏のためお逗子の扉は閉まっています。その向かって右隣にあるお厨子に、開山の源算上人作の千手千眼観世音菩薩立像が安置されています。

本堂で観世音様にお参りしたあとは、ぜひ遊龍の松を見に行きたいです。素晴らしい松と言われて想像するのは左右に枝を伸ばしながら太い幹がクネクネと龍のように屋根ほどの高さを目指すと言った感じかと思いますが、こちらの遊龍の松は人の腰ほどの高さを保ちつつ横に横にと伸びて50メートルほどにもなると言う、珍しい形態です。樹齢600年と言うこの五葉松ですが、大変残念ながら害虫にやられて15メートルほど剪定せざるを得なかったそうです。

遊龍の松のすぐとなりには桂昌院お手植えの樹齢300年の枝垂れ桜があります。垂れ下がる枝に小ぶりの淡いピンクの花が、あまり密集せずに咲く様が印象派の絵画のような雰囲気です。


約1000年前にこの山深い地にたどり着いて寺を開こうと言う行動には、仏教を修めて人々のためになろうと言う強い意志を感じずにはいられません。見所も多く、回遊式の境内配置となっていて季節の花も綺麗な名刹です。「落ちない」御守りでも有名な善峯寺にぜひご参拝を。