東北観光あれこれ 〜 山寺(山形県)

「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」松尾芭蕉の俳句で有名なここ山寺ですが、山寺と言う名称はもちろん通称名であり、正式には立石寺(りっしゃくじ)といいます。お寺への参拝と山登りと絶景の鑑賞といろいろ同時に楽しめます。山の麓にはこの地の名物料理の店もあり、食事も楽しめます。特に牛肉と里芋の醤油ベース煮の「芋煮」や山形そば、玉こんにゃくがとても美味しいまいどや食堂が行くたびの定番です。

まいどや食堂の芋煮と山形そばのセット。

アクセスは、JR仙山線の山寺駅から徒歩10分ほどです。JR仙山線というのは宮城県の仙台駅から山形県の山形駅に向かう電車で、仙台駅からは約1時間ほどの乗車です。途中、深い渓谷や鬱蒼とした森林の中を抜ける景色もなかなか見ものです。山寺の立地としては山形県に位置します。関西や関東からはかなり遠い場所にあるお寺です。

JR仙山線 山寺駅。

山寺は天台宗のお寺ですが、天台宗といえば伝教大師・最澄が開いた比叡山延暦寺が総本山であり、延暦寺3代目の住職であった慈覚大師・円仁がこちらの開山となります。およそ1160年前の事です。

最澄が灯しこちらに分けられていた比叡山延暦寺の「不滅の法灯」が、織田信長による比叡山焼き討ちで途絶えてしまった際には、こちら立石寺から火を分けて返したと言う事があったようです。

境内にひっそりと佇む松尾芭蕉の像。

あと、こちらで有名なことと言ったら冒頭の松尾芭蕉の「閑さや 巌にしみ入る 蝉の声」の俳句です。こちらの山に登る途中での景色を見ながら作った俳句です。境内には芭蕉の像もたっています。これは芭蕉が俳句の旅として歩いた奥の細道でのひとコマということになります。

江戸から来た旅人にとっては確かに東北地方の道は、奥の細道だったのだろうし言い得ていると感じます。ちなみに東北地方を「みちのく」と言いますが、これも同様に「道の奥」から来ている言い方です。

土産店や食事処のあるあたりまでは駅から平坦な道を来ますが、ここからは山道となります。案内看板にも「登山道」入口とあります。そういえばここには通常あるはずの三門はありません。ここより進んださらに奥に三門はあるのですが、、、。

最初の石段を登ると山寺の本堂である重要文化財の根本中堂が現れます。この根本中堂は山寺縁起によると1356年の建立とのことですが、そこまでの古さは見た感じだと伝わってこない印象です。

そしてここから隣の日枝神社を通り抜けて、境内土産店も抜けると鎌倉時代の建立の三門が見えます。本堂を過ぎたあとに三門が?・・・これは、ひょっとしたらかつての本堂は山上にあったが倒壊などがあり、再建時には参拝しやすくするために立地の良い低い場所に作ったのではないでしょうか。あくまで根拠の無い推測ですが。

本堂を過ぎた後にある三門。天台宗の寺の守り神である日枝神社よりも外に本堂があるのはちょっと不自然。
三門を過ぎて登山道である参道を進むにつれ山深い印象に。

さらに山の斜面に沿って設けられた約800段ほどの石段を、かなりの疲労とともに登っていくと途中に仁王門が現れます。江戸後期1848年の再建になる欅造りの門です。

ここを越えると石段がつづら折りで続き、岩の上に印象的に建つ納経堂と開山堂が見えてきます。

言葉では適当な説明ができない素晴らしいバランスで配された景観です。山寺のトリとして最後に最高の舞台として用意されたかのように、崖に張り出してせり上がった岩の上にこじんまりした納経堂が佇むように建っています。その背景には繰り返し重なる山とその合間の集落が借景として広がっています。

五大堂からの眺め。

ここまで登ってくるとお堂がいくつか現れます。先程の納経堂と開山堂の更に上に五大堂があります。現在では展望台となっている五大堂ですが、最上部にあるだけあって眺望が開けています。

五大堂へのアプローチ。切り通し風になっている。

ここまでの絶景のお寺はそうはありません。京都にも(形式としての)山寺はありますが、多くは寺の境内で景観が完結しており、それについては非常に素晴らしい佇まいを見せていますが、絶景と言えるスケールを持つものはありません。かつて京の都では時の権力者や有力者がこぞって寺を建立し、そのおかげで現代の我々も当時の仏教様式をいながらにして体験できるわけですが、地方では地方独特の理由で建立されたお寺があります。ここ山寺も都の雰囲気とは異なったお寺のあり方を体験できる、遠いですが訪れる価値のあるお寺です。

雪の多いここ山寺に、雪景色にも会いに来たいと思いつつ寺を後にしました。

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