
京都らしく京都ならではの景色といえば断トツでこの景色でしょう。周りの瓦屋根や板塀が斜面で連なるその上にギザギザが突き出した静的な風景。日本文化を代表する景色、日本文化そのものの景色です。京都に来たなあ、と感じる瞬間ではないでしょうか。

ここは京都 東山の産寧坂を降りてくると自然に目に飛び込んでくる景色です。産寧坂を下ってきて、この景色を見ずに二年坂に道を曲がってしまうともったいないです。二年坂へのわかれ道を曲がらずにそのまま真っすぐ行き、目の前の景色が広がった瞬間に五重の塔が見えます。仮に時代劇のセットだとしても、何一つ時代違いなものが無い景色です。ちょっとだけ、アンテナがあったりはしますが、、、。

この五重の塔、ふとするとここがお寺という事を忘れてしまっています。割と背の高い木製の柵の塀に囲まれており、普段はたいてい閉まっている格子戸が、ここに立ち寄るという意識を起こさせないからでしょうか。それでもたまに特別拝観の際には境内に入れるばかりか、五重の塔にも入ることができます。そう、ここは法観寺と言うお寺で、八坂の塔として有名なこの五重の塔は法観寺の伽藍の一つです。塔をバックに記念撮影する人々で溢れかえった坂の上や、見上げた塔を撮影する人で道を塞ぐほどの坂の下の広場など、とにかく周りにはとてもたくさんの人が居ますが、特別拝観のときでも境内に入る人はまばらです。

法観寺は寺伝によると聖徳太子の開基によって開かれたようです。そうすると平安時代よりももっと前の創建ということになるので平安京遷都以前からここにあったと言うことになります。
法観寺塔内部は外観の褐色一色と異なり、極彩色の着色や幾何学的な紋様が描かれていて鮮やかな印象です。

五重の塔において心柱は上部に仏舎利(釈迦の遺骨)を収めるための神聖な柱であり心柱こそが重要であって、外部から見える壁や屋根などの塔の部分は心柱の保護材と言うべき役割です。ですので心柱に梁や床を接続させていないのです。耐震を考えてこうしていると説明する現代の工学では到底計り知れない信仰の考えからのものなのです。


五重の塔はこれまで幾度かの火災に遭っては再建されてきて、現在の塔は室町時代の再建となるのですでに600年近く経っている非常に古い建築です。この坂道がこのようにきれいに整えられて景観的に素晴らしい佇まいを持つようになったのは割と近代になってからですが、塔の鄙びた古さを引き立てて調和の取れた町並みとなっています。

京都最古の寺と言われているのが太秦の広隆寺で、創建には聖徳太子が関わっていますが、こちら法観寺も聖徳太子の創建ですので、創建年の違いは大きくても数十年の違いだという事が言えます。よってこちらも京都一古い寺の部類となります。

正式名称は霊応山 法観禅寺。臨済宗建仁寺派の禅寺です。







