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奈良観光あれこれ《安倍文珠院》

安倍晴明とは

安倍晴明(あべのせいめい)は平安時代の天文学者でありその天文学と、持って生まれた強い霊力とを合わせ使うことによって天文陰陽道を会得され、吉凶占い、魔除け、厄除けの能力が広く知れ渡り、皇室の信頼も高かったようです。その安倍晴明に関連する場所がパワースポットという事で人気になっています。

晴明神社

京都市内の晴明神社はいつ行っても多くの参拝者で賑わっています。陰陽師(おんみょうじ)、五芒星(ごほうせい)などという謎めかしい言葉や摩訶不思議な伝承などと共に特に霊験あらたかな印象を持つ方が多いためでしょう。境内にはご利益が頂けるような、お参りする対象となる晴明ゆかりのものがあちこちに存在します。

京都 晴明神社 本殿。

安倍文殊院

そしてこちらの安倍文殊院は安倍一族の氏寺として645年に創建された1300年以上の歴史があるお寺です。ご本尊は寺号の通り文殊菩薩です。「三人寄れば文殊の知恵」の言葉で広く知られている仏様です。こちらの文殊菩薩像は、渡海文殊菩薩像ということで、広く文殊様のご利益(ごりやく)を衆生の民に広めるために旅をしている途中の姿を現わしているそうです。1203年仏師快慶の作となる像で、5体揃って全て国宝となっています。お寺の創建が645年ですので、1203年に快慶によって製作されるまでは、先代の像があったのでしょう。

桜井駅から歩いていくとこの裏門に出ます。

1203年と言えば鎌倉時代であり、源頼朝が落馬が原因で亡くなった直後のあたりです。快慶にとっては、師匠の運慶と共に製作した東大寺南大門の金剛力士像(仁王像)が完成した年と同じです。よって、東大寺の仁王像と同時進行で製作されていたことになります。当時はすでに工房制が取られており、パーツごとの分業制で像を製作していたとはいえ、大変な作業であったのは想像に難くないです。しかも東大寺の仁王像は数週間という短期間で完成させているようです。ただこちらの文殊菩薩像が分業制で製作されたかの判断は不明です。

江戸中期に再建された本堂。裏手の宝物館に御本尊の文殊菩薩群像が。

仏像の写真撮影は許されていないため安倍文珠院のホームページをご覧頂くとして、非常に精緻かつ繊細な仏像であり、お顔の表情は他では見られないほど理知的かつ勇敢さを持った雰囲気です。それになんと言っても全高7メートルに及ぶ尊大さに圧倒されます。またこの文殊菩薩騎獅像(獅子に乗った像となっています。)を中心とした五体の群像の中で、文殊菩薩に負けない存在感を持つのが善財童子(ぜんざいどうじ)像です。飄々としたなんとも言えない自然な表情で、文殊菩薩と共に旅を続けている中で呼び止められて振り向いた瞬間を捉えた、写真でも撮るのが難しいような表情が印象的です。群像として全体を是非とも拝見して頂きたいと思います。

奈良県桜井市の「阿部」という場所にありますが、この阿部という地名も恐らくですがこのお寺の寺号から来ているのでしょう。アクセスは近鉄大阪線およびJR桜井線の桜井駅から、住宅街を抜けて割と細めの道を幾度も曲がりながら地図を確認しつつ歩いて、およそ20分ほどで到着となります。到着は裏門となりますので拝観時には表の三門にも廻るのをお忘れなく。

金閣浮御堂で行う「七まいり」のおさめ札。

本堂の向かいの池の中には六角形の平面の金閣浮御堂が建っており、渡り橋でつながっています。こちらには安倍晴明をはじめとする安倍一族をお祀りしており、ご利益を頂くにはお堂の周りを1周するごとに御札を預けて、全7周のお参りをする「七まいり」を行います。

西古墳内部。大型の石を並べて壁とし、天井も一枚岩で。
拝観券にセットになっている抹茶のお接待。

安倍文珠院でもう一つの見どころは西古墳です。645年の創建当初からそのままの状態で残っており、石切りや加工の技術の高さに驚かされます。水平、垂直がピシッときれいに整っており、隙間なく歪みもせずに配置されて、一番広い部分の天井は一枚岩で覆われています。現在は空海が彫ったと伝わる石造りの不動明王像がお祀りされていますが、当初は安倍一族の墓であったようです。

西古墳内部、奥。小型の石を石垣のように並べて壁としており、天井は大型の一枚岩で15㎡もある。

こちら安倍文珠院に訪れる際は、こちらのお寺以外は他に同じ日に組み合わせて行けるようなお寺が近くにないのでじっくりと時間をかけて参拝するのが良いかと思います。是非お参りを。