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西国三十三所巡りの京都編です。

西国三十三番 第十一番 醍醐寺准胝堂

西国三十三所観世音菩薩巡礼第十一番札所は醍醐寺准胝堂(じゅんていどう)です。アクセス難易度は★(星ひとつ)です。アクセス方法はいくつもありますが大阪方面からは京阪宇治線の六地蔵駅で下車して京阪バス15分ほどの乗車で醍醐寺前バス停に着きます。京都駅からは醍醐寺までの直通運行系統もあります。また、バスを使わないで行くなら地下鉄東西線の醍醐駅から徒歩で15分ほどです。「醍醐味」(だいごみ)の言葉の発祥でもある醍醐水や、歩いて1時間かかる上醍醐まで含めた山全体が境内であるなど自然豊かなお寺であります。

市販のガイド本にはこちら醍醐寺は西国三十三所きってのアクセス難所だとの解説があるものもあります。札所本尊のおられる准胝堂は上醍醐にあり、こちらが本来目指すお堂であったためですが、以前の落雷による被害で現在では下醍醐の阿弥陀堂が札所となっています。ですので、現在では山登りの必要なくお参りができます。

新緑の時季も紅葉の時季も良いですが、やはり桜の時季が素晴らしいです。秀吉による大宴会「醍醐の花見」によって桜の名所として定着し、それを契機に豊臣家によるお堂の整備など支援を得ることができたため応仁の乱で荒廃していた状況から脱することができました。その桜ですがこのお寺の代名詞といっても良いくらい現在でも知名度があり、開花時期にはテレビで特集が組まれたり、寺内では特別な法会(ほうえ)が行われるなど特に賑わいを見せます。

真言宗醍醐派の総本山である醍醐寺は874年に空海の弟子である理源大師が准胝観世音、如意輪観世音を祀る庵(いおり)を結んだのを創建とします。(よく、寺の創建に際しては僧が最初に仏像を祀るためにお堂を建てて開山とすることを庵を結ぶと表現します。) 現在の御本尊は国宝の金堂に安置されている薬師如来ですが、この金堂は創建当初は釈迦堂ということであった事から釈迦如来が祀られていたと思われますが、幾度かの火災に遭っており、その折に世間の疫病の流行などで薬師如来のご加護を必要とするように変化したのでしょう。

山の麓エリアの下醍醐だけでも相当な広さがありますが、まず総門をくぐって左手すぐに三宝院門跡(さんぽういんもんぜき)があります。三宝院は1115年に創建された塔頭寺院ですが、ちょうど仁和寺の御殿とイメージは重なります。大寺院の中にある離宮のような門跡寺院と言ったイメージです。室町時代には醍醐寺の本坊となりましたが応仁の乱で荒廃し豊臣の帰依で復興することとなります。復興に際して秀吉が作庭した庭園が現存しており、見所となっています。

三宝院を出て両サイドに桜が見事な砂利道を更に進むと、仁王門の金剛力士像が花見に紛れて寺に入り込む邪気を鋭い眼光で見張っています。仁王門の周りにも多くの桜が咲いており、朱塗りの門をバックに良い写真が撮れそうです。こちら醍醐寺はこの位置に仁王門がありますが総門からはかなり入った所であるため、なぜこんな寺の真ん中に?と思ってしまいがちですが、広大なこちら醍醐寺はここからが寺の聖域となります。

仁王門から先はこの寺の本堂である金堂や五重の塔などの国宝建築が広い境内に点在しています。その奥に目指す阿弥陀堂があります。札所本尊である准胝観世音菩薩は、千手観音では無いですが千手のように多くの手を持ち、額には三つ目の目を持ち、光背は不動明王のそれのように赤い炎となっています。どの部分を見ても珍しい観世音様です。

それにしてもこの桜の見事さと言ったら言葉が出ません。醍醐寺の歴史や教えを具現化した境内や庭園と相まって、美しさを誇る桜が訪れる人の心どれだけ満たすか計り知れません。