◆清水寺とは
西国三十三所 観世音菩薩巡礼、第十六番札所は音羽山清水寺です。この西国三十三所では清水寺という寺号のお寺が2つありますので呼び方において区別できるようにする必要がありますが、普通に清水寺という場合はたいていは、こちら京都東山の清水寺を言うかと思います。もうひとつは兵庫県にある第二十五番の播州清水寺ですが、こちらは播州清水寺と言わないと間違えるかもしれません。
清水寺は1629年の火災でほとんどのお堂が焼けてしまっており、現存するお堂はその後に再建されたものとなりますが、最近進めている改修工事では再建後の後世に付け加えられたものや改造などは取り払われて、建立当時の姿に戻すという試みも行われています。

◆清水寺へ
アクセス難易度は★(星ひとつ)です。京阪電車の清水五条駅もしくは祇園四条駅から徒歩です。清水五条駅から歩くよりは、祇園四条駅から、祇園、石塀小路、ねねの道、二年坂、産寧坂を眺めながら来るのがより楽しげで、上り坂の苦も感じずに済むかと思います。
◆本堂
国宝の本堂は
本堂の舞台は本来、御本尊の観世音様に舞いを奉納するための舞台であり外を見るための展望台ではありません。現代でも法会(ほうえ・お寺にとっての大事な宗教行事)の際には舞いの舞台として使用されています。雨の排水を考慮しているのか、この舞台は外側に多少傾斜している(ように感じる)ため怖さを感じます。というか、この江戸時代初期の再建になる建築が適宜修繕されているとは言え、年間1,000万人は来場しているであろう人の重みが毎日舞台にのしかかっていて、構造的な疲労度も相当だろうなと感じたりしますので、ガタンと崩れたりしないかとヒヤヒヤします。なお、清水寺塔頭の成就院の日記によると、昔にこの舞台から飛び降りた人は237人もいたそうです。また、この本堂の周りをぐるぐると昼夜を問わずに回る参拝手法があり、ここから「堂々めぐり」という言葉が生まれたそうです。



◆御本尊
御本尊は千手千眼観世音菩薩立像で秘仏のため33年に一度の御開帳となりますが、厨子の前には御前立像がお祀りされておりお参りする事ができます。こちらの観世音様は腕を頭上高くあげ化仏(けぶつ、小さな仏像)を掲げられた姿が特徴的であり、「清水型観世音」と呼ばれています。いつ行ってもお参りの人で混み合っているのでつい舞台あたりの遠くからお参りしがちですが、せっかくですので靴を脱いで内陣に上がって薄暗く神秘的な空気を感じて頂きたく思います。
例年年末にその年一年の世の中の情勢を漢字一文字で表す大きな書のパフォーマンスが有名ですが、それはこの舞台ではなく、向かいの同じく懸け造りの奥の院の舞台上で本堂がちょうど見えるような角度で行われます。

◆仁王門
別名を「目隠し門」とも言う朱塗りの門で、通常はくぐることができない門です。高台にある清水寺からは御所が見えるため失礼に当たらないように境内から御所が直接見えないように設置されたと伝わっています。この門の下には狛犬が置かれていますが、左右両方とも口を開けているという、ちょっと不思議な形式のものになっています。これは東大寺の南大門の狛犬もそのようになっており、これをモデルにしたからです。
◆清水寺七不思議
①左右両方とも口を開いた仁王門の狛犬②夜に抜け出す八方睨みの虎③一つだけ龍になっている三重塔の鬼瓦④手水鉢の支えがフクロウになっている⑤鐘楼の柱が6本⑥鉄の巨大な錫杖がある⑦仏足石、、、ぜひ探してみて下さい。
◆釈迦堂
清水寺は北法相宗ですが、天台宗の流れをも汲むということで釈迦如来が祀られています。釈迦如来を中心に、脇侍は普賢菩薩と文殊菩薩が左右に祀られて三尊像形式の須弥壇となっています。
この本堂の舞台を先に進むと狭めの通路が左に曲がり崖上の地面部分に出ます。その辺りに御朱印所がありますが、最近の御朱印ブームもあって時季によっては多少並ぶかもしれません。ここで振りかえると崖下に降りる石段にもみじの青葉(秋なら紅葉)と本堂の懸け造りの柱群が絶妙な配分で構図を作ってくれており、素晴らしい撮影ポイントとなっています。
◆阿弥陀堂
阿弥陀如来を祀るお堂。浄土宗開祖の法然上人の坐像も安置されていて、この寺には様々な宗派の痕跡が残されていると言えます。この阿弥陀堂の屋根は改修工事前は瓦葺きでしたが、建立当時の状態とするために檜皮葺き屋根に戻されました。
◆奥の院
奥の院の御本尊は三面千手観音で、二十八部衆を従えて安置されています。秘仏であるため普段は御前立像をお参りしますが、2003年に243年ぶりにご開帳されました。三面観音は、正面の左右に正面と同じ大きな顔があるので三面観音と言いますが、頭上にも十一面観音のように十面の顔がある、珍しい形式です。秘仏でありこれまでご開帳されてこなかったために、光背も含めて全体の金箔がきれいに残っている状態です。観音像の右隣には空海の像も安置されています。これは清水寺がかつて北法相宗と真言宗の両方を共に法じていた時があった名残と言えます。
◆子安の塔
重要文化財の子安の塔は本堂舞台の谷を越えた反対側向かいの正面に位置する朱塗りの三重塔で、以前からこの位置に建てられたのではなく、仁王門の前から明治44年に移築されてきたものです。江戸時代の再建とされていましたが、建物内部から墨書きが出てきて1500年の建立であると判明しました。安産のご利益がある子安観音を御本尊として祀っています。屋根の四方隅に取り付けられていた風鐸(ふうたく、邪気を払うお守りであり、後の風鈴の原型となるもの)は明治以降に取り付けたものと判明したため取り外されました。
◆地主神社
本殿は江戸時代の再建となる重要文化財の建物です。徳川三代将軍家光によって再建されたものとなります。
さらにここから先は、ここで石段を降りずにこのまま先に進むと最近までずっと復元作業中だった奥の院と阿弥陀堂があるので行ってみましょう。こちら奥の院からの本堂の眺めはこれぞ京都の景色、京都随一のものと言えます。斜に構えた本堂と舞台、その先の京都市街の遠景を借景とした構図が清水寺最大の見せ場と言えます。この奥の院、阿弥陀堂ともに重要文化財に指定されており本堂とともに江戸時代初期の再建になります。
清水寺はお堂の配置的にも地形的にも、お参りの順路が自然と一筆書きとなるような動きとなります。この奥の院からはゆっくりとした坂道を下っていき、再び坂を登ったところには重要文化財の子安の塔があります。ここは本堂や三重の塔、仁王門など全て見渡せるお勧め撮影場所でもあります。ここからまた戻って坂道を下ると本堂の懸け造りの下にでます。清水寺の寺号の由来となった音羽の瀧があります。
ここから先は道が無いため戻ることになりますが、逆に言うとここが道の終点であり近くには京都きっての人気観光スポットが多数ありここまで繋がっているため、みな必然的に清水寺に集まってきます。内容ももちろんですが、地理的にも非常に人の集まりやすいお寺であると言えます。