
横浜 関内の馬車道。横浜開港の頃、外国人居留地からの馬車がこの道を通っていた事からこの名が付けられました。今でもレストランや飲み屋、カフェなどが多くある一角で、散歩するにも雰囲気の良い通りです。

その馬車道の一本隣りに、何やら怪しい名称が付けらた通りがあります。「六道の辻通り」と割と大きめの石碑まで置かれています。「六道の辻」といえば、あの世とこの世の境い目の事で、京都市東山区の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)が仏教で言うところの、人間の生前の行いによって行き先が決まる6つの道と現世との境界であるとしてよく知られています。

六道珍皇寺は、清水寺近辺の葬送の地である鳥辺野に近いことから六道の辻と呼ばれていた訳ですが、ここ横浜馬車道には知っている限り、お寺があるわけでは無さそうです。なぜここが六道の辻通りなのでしょうか。
山下公園の程近くにある「横浜開港記念館」では横浜の古地図復刻版を販売しており、定期的に開催される企画展も独自的で内容の濃い展示が素晴らしいですが、この古地図を購入するのも楽しかったりします。以前に購入した、古地図を見ていて六道の辻通りの理由はひょっとして、と感じました。画面右にある広い緑は公園で現在では横浜スタジアムがある横浜公園です。画面中央やや左寄りに、縦に走る他より多少太い通りが馬車道です。その1本左にあるのが今回話題の六道の辻通りです。

下の写真は六道の辻通りをアップにしたものです。写真中央の交差点が六叉路(六差路)もしくは、見ようによっては七差路になっています。これを六差路と捉えた場合、六道とも言えます。更にここが6丁目のようです。六差路の交差点で道が6方向に出ているから六道の辻(辻は交差点の意)と言う名が付いたのでしょうか。


別の地図で見てもそれがわかります。ただし七差路ですが。(画像中央の右下位置あたり。先程の地図とは南北が入替っています。)

その地点の現在の写真です。全くの十字路となっていて、名残や面影も無い状況です。


ただちょっと納得ができない点があります。古地図では馬車道と大岡川のちょうど中間くらいに描かれていますが、現在の地図で見るとかなり馬車道寄りだということになります。まあでもこのくらいの推理で終わらせておいたほうが楽しいという事で、、、。