
高山寺(こうさんじ)とは
栂尾山高山寺は奈良時代774年に神護寺の塔頭として開創され隆盛を極めてきましたが、次第に廃れて平安時代後期には廃寺同然の状況となっていました。鎌倉時代の初期1206年に後鳥羽上皇より、有能な高僧として名声の広がっていた明恵上人がこの地を賜り高山寺と改称して復興が進みました。それ以降現在までその歴史を繋いでいます。誰もが一度は見たことがある、あの有名な「鳥獣人物戯画」を所有していることでも知られている世界遺産のお寺です。

現在はこじんまりとした風情ある山寺といった趣きですが、かつては三重塔が建ち表参道には楼門もありました。明恵上人の入山後は多くの僧侶が上人に教えを請うために集まり、ここが仏教の学問所のようになっていたようです。説かれた教えをメモするのに漢字では追いつけないためにカタカナが生まれたという逸話も残っています。
高山寺へ
高山寺のある辺りは栂尾(とがのお)という地域であり、近くにある神護寺の高雄(高尾)、西明寺の槙尾と合わせて「三尾(さんび)」と呼ばれています。紅葉の時期は名所ということもあり多くの観光客が押し寄せますが、普段は静かな山寺といった印象です。

阪急京都線の大宮駅からJRバス栂尾行きのバスに乗車し、45分ほど乗車すると終点の「栂尾」のバス停に到着します。下車して振り返るとすぐに高山寺の「裏参道」入り口が山の斜面に張り付くように門を構えています。ここから入山してつづれ織りの石段をジグザグと登っていくと次第に苔むした石垣や古びた小屋が佇んでいて、風情ある山寺の趣となってきます。

事実上この裏参道が現時点では唯一の参道となっていますが、表参道も存在としてはあります。現在は、バスが通る車道(周山街道)からのアプローチは通行止めとなっているので、一旦裏参道から境内地に上がってから表参道の風情ある石敷の道まで行くということとなります。逆も然り、表参道から道路へは出られません。


境内地にたどり着くと最初に一番の見どころである国宝の石水院があります。観光客で混み合って来る前にこちらを拝観しておきたいです。風情ある門をくぐるとすぐに拝観受付のある本坊建物があるので拝観料1,000円を支払ってお堂に上がります。こじんまりとした建物ですがちょっとしたお土産コーナーがあり、鳥獣人物戯画の絵柄が描かれたグッズが多数販売されています。渡り廊下でつながった石水院に移るとすぐに、薄暗い板の間に善財童子がシルエットで佇んでいます。


石水院
鎌倉時代建立の建物がそのまま残る国宝で、元々は経蔵(お経を収めた建物)でした。この高山寺で明恵上人の時代から残る唯一の建物です。この建物、建立当初からここに建っていたのではなく、水害があったため金堂の付近から現在の位置に移築されていますが、最初からここに建っていたのではと思えるほど周りの景色に馴染んでしっくりきています。


この寺を代表するイメージシーンでもある、シルエットの善財童子像があるのは「廂(ひさし)の間」と呼ばれる部分で、もともとは春日明神と住吉明神を祀る部屋でした。現在は祭壇はなく、明恵上人が信仰していた経典に出てくる善財童子像が室の中央に置かれています。廂の間を過ぎて室の南側に回ると景色が一変して、生い茂る木々を眼下に見て栂野尾の山々を借景にした開けた景色が見られる広い和室が現れます。この部屋の一角にさり気なく鳥獣人物戯画がガラスケースに入れられて展示されていますが、ここに置かれているのは複製です。

南縁には赤の毛氈が敷かれており額縁庭園の様相です。室内には子犬の木造が展示されていて、これは鎌倉時代に運慶の息子の湛慶によって彫られたもので重要文化財に指定されている像です。かつて明恵上人が飼っていた犬がモデルだということです。


開山堂
石水院の拝観を終えて先ほどくぐった門から出ると、来た時に登ってきた参道に戻ります。このお寺は京都市街地にあるお寺のように境内地に広い空間は無く、山の斜面に沿った山道のような参道に沿ってお堂が点在しています。しかしながら道沿いには石垣で土留めがなされており地面も石畳や砂利が敷かれ歩きづらいということはありません。

石水院から参道を上がっていくと開山堂に出ます。開山堂はこの寺の開山であり、中興の祖と言える明恵上人を祀るお堂で、江戸時代の再建になる建物です。


金堂(本堂)
表参道をそのまま真っすぐに自然石の石段をけっこう息を切らして登ったところにある、境内の一番奥に建つお堂が金堂です。この高山寺ですが室町時代に何度か火災に見舞われたため古いお堂があまり残っていません。この金堂も創建当時の建物は焼けており、現在のお堂は江戸時代になって仁和寺から移築されたもので、本尊として釈迦如来を祀っています。



明恵上人御廟
参道の頂上付近には明恵上人の御廟があります。苔むした自然石の石段を上がって柵の向こう側に厳かに存在します。心静かに上人に手を合わせました。

日本最初の茶園

参道の中腹にちょっと傾きかけた石碑があり、日本最古の茶園とあります。よくよく見るとこの回りで茂っている低木はお茶ノ木で、臨済宗の宗祖である栄西(ようさい)が宋の国から持ち帰ってきた茶の木の種を明恵上人に渡したのが始まりです。ここから茶の栽培が始まり、やがては宇治などへ広がっていきます。


鳥獣人物戯画
鳥獣人物戯画は平安時代から鎌倉時代にかけて製作され甲、乙、丙、丁の4巻からなる巻物で、作者や製作意図などが不明であり、ここ高山寺の所有となる経緯もわかっていません。なかなか謎の多い国宝です。ここには複製ですが、一番の見所である甲巻のうちでも最も秀逸で良く知られた、蛙やウサギが擬人化されて遊んでいる部分が展示されています。
甲巻:蛙やウサギ、猿などが擬人化されて描かれる。4巻のうちでも最も躍動感あふれ、生き生きとした描写が絶妙。
乙巻:戯画要素はなくなり、平安時代の動物図鑑といった様相となる。
丙巻:前半は遊びに興じる人間の絵となり、ここに来て初めて人間の登場となる。後半は動物の戯画となる。
丁巻:全体的に人物の絵となる。それぞれの巻では作者が異なるのかタッチが異なるが、この丁巻ではほかと大きく異なるタッチで描かれている。
表参道
現在は周山街道から直接入ることはできませんが、石水院から砂利道を横にずれて少し歩くと表参道はあります。かつては存在したという楼門を想像しながら菱形に配置された敷石を歩くと、まるで山門をイメージしたかのように表参道の両脇に大木がそびえ立っています。この参道をそのまま上がっていくと本堂である金堂が建っています。





高雄の神護寺、槙尾の西明寺と共に三尾をゆっくり1日かけて回るのがおすすめです。それぞれ帰りのバスの時刻をバス停で見てから山を上がるのがよいかと。